2013年3月26日火曜日

Hotline Miami 解説 ~究明編~

結局、残されたのは"あンた"と"俺"だけのようだな
きっと既に多くの人がこの謎に満ちたマイアミを楽しんだ事でしょう。様々な文脈から読み解かれ…やれ暴力的なゲームだ、いやイノセントな愛の物語だの、ストーリーはあってないようなものだの、いや難解な世界観だ、そんなことはないシンプルなメッセージだの、いやはやメッセージなんてどこにも無いだの…様々な憶測、推理、解釈が入り混じり混沌とした各コミュニティを眺めるのは大変刺激的であり、僕自身、マイアミから離れても、マイアミの楽しい時間をしばし味わう事ができました。今回はそんな多くの謎に満ち、極彩色の蜃気楼に揺れるマイアミにおける僕の理由をここに記します。



このゲームを一面的に、一つの真実に辿りつくように読み解こうとする事は困難でしょう。それは物語、あるいは歪んだ1989年のマイアミという世界にしてもそうですし、ゲームのメカニクスにしても言えます。本作のゲームプレイの骨子は、ひもじ村(脂身丼)のikikiことウータ氏によるフリーゲーム"はかいマン"に強くインスパイアされていますがこれも画一的な物ではありませんし、反面、少なくない人がモチーフとしたのではないかと踏んだAlienbreedDreamwebの直接的な影響を開発者のCactusは(彼は若いので)受けていませんでした。すなわち本作をレトロだの、8bitだのといった思考停止ワードを用いて乱暴に型にはめようとするのでなく、それぞれに散った点を一つ一つ結び付けて線にし、俯瞰して見る必要があるという事です。


日本フリーゲームの極北で非凡な才能を示すikikiの はかいマン
氏の特徴であるユーモラスなキャラクタとあっけらかんとした暴力描写、
そしてそのふざけた見た目に反して実直でいて挑戦的なゲームプレイだ。

スペシャルサンクスリスト


時間軸については、大体の人がおおまかな流れを理解しているのではないでしょうか。鼠頭の襲撃を受けて倒れる瞬間までが病室で眠る男の回想で、暗室で鶏頭と対峙し目覚めてからは文字通り鼠頭を収監した警察署を"襲撃"し、そこで得た警察の調査資料を元に鼠頭を送り込んだと思われる輩への"復讐"を遂げます。
物語の"転"となる鼠頭の襲撃
問題は続く補完エピソードのAnswersであり、ここでは物語の途中でスキゾ男に撲殺されたと思しきヘルメット男が電話にメッセージを残す人物を探すべく奮闘します。このエピソードが真実だとすれば、スキゾ男の電話会社襲撃以降のエピソードは全て妄想かなにかという事になりますし、あくまでパラレルワールドのifだとする考え方もできるでしょう、個人的にはこれらは全て継承される反した個々の事実だと考えています、後述しますが矛盾する事実の2面性、ダブルミーニング、連想ゲームは本作のテーマの重要な一つだと僕は考えているからです。

Answersで明らかにされる事実は電話の主の存在です。スキゾ男は病院から逃走した後に警察署を襲撃し、それにより得た事件の調査書類により、電話の発信源(鼠頭を指示した輩の居場所)を掴みますが、ヘルメット男もまた電話会社を襲撃して得た通話記録を元に電話の主に辿りつきます。同じくいつも通り無謀なカチコミに到る2人ですが、襲った場所は同じ建物でも、全く別の人間に辿りつきます、すなわち"回答"を真とするならばスキゾ男が復讐だと思って実行した大量殺人は勘違いで、ただ無関係の人間を自らの意思で嬲り殺していただけだという事です。

スキゾの勘違い襲撃(画面下へ向かう)
ヘルメットは同じ建物の別の一室(画面左)へ向かう
電話の主はシークレットパズルを解くと極右組織に属した2人だと判明します。スキゾ男も目にしていた清掃夫の格好をした男で、これはマイアミの二面性、ダブルミーニングをよく示した実例の一つでしょう。彼らはDennaton GamesCactusことJonatan SöderströmDennis Wedin自身です、彼らの元へ謎を解かずにたどり着いた場合、彼らは非常にメタ的な発言をします。清掃夫の仕事こそしていませんでしたが、実際に彼らは貧乏な(まだ商業的な成果物のない)スカンジナビアの独立ビデオゲーム開発者でした、"俺達は独立している…俺達はゲームをやっている…"といった言葉はすなわち真なのです。またパズルを解いた際に明かされる情報も事実なのでしょう、現実のCactusらは若いスカンジナビアのビデオゲーム開発者でありますから、89年のマイアミで殺人教唆していたワケもありません、これらは矛盾した複数の事実の内包なのです。

彼は事実を述べているが、個々の事柄は矛盾している

矛盾する複数の事実、一つの事象に相反する二面性が存在すること、ダブルミーニング、駄洒落に連想ゲーム。この89年のマイアミには多くのそれが存在します。トラのマスクがトニーで、トニーザタイガーだとか、魚のマスクがフィルで、フィル・フィッシュだとか極めて下らない所から、ゲームの初めにゴミ山の暗室でホーボーからスカム殺しの方法をチュートリアルで教わったと思いきや、実際にはホーボーから殺し方を教わったのではなく、ホーボーを殺めた事がスキゾ男の原体験(チュートリアル)だったという示唆になっています。病室で頭痛を訴えるスキゾ男ですが、この頭痛はヘルメット男が"死ななければ"スキゾ男の頭を踏み潰していた事実の継承ですね。夢現のまま下水道に降りれば血塗れのワニがいて、"これは夢だ…"と呟く、アメリカの下水道にワニがいるのは勿論事実ですね。

冒頭ではホーボーにスカム殺しの方法を教わっているようだが…
初めての殺人の相手がホーボーだったという事実の置き換えである
シーンごとの時間軸はゲームプレイを隠れ蓑に大きく歪められている。

結局のところ真実は全て藪の中です、本作は画一的に一つの真実に辿りつくように設計されていません、時に破綻する多くの事実、示唆を読み解くのにたった一つの真実への設計図(エンジニアリング)を求めるのはナンセンスです、Hotline Miamiはブリコラージュ文法のビデオゲームなのです。

Hotline Miamiには単一のディビジョン、単一のパースペクティブが存在しません。スキゾフレニアの現実と妄想は支離滅裂であり、後半にいたっては強迫観念にとらわれたヘルメット男に文字通り肉体が入れ替わります。スキゾに明解な境界はありません、妄想と現実は同じ地平線にあります。あなたが突拍子もない、非現実的な夢の事象に囚われてしまったとしても、目が覚めて、感覚器官がアクティブになり、脳がアイドリングから覚醒すればソリッドな現実感を経て"夢"の境界を定義できるでしょうが、スキゾに境界の線引きはできません。コミックの枠線がフワフワしているとか、画面に強烈なブラー、フィードバックエフェクトが掛かっているとか、布団に入って目を瞑り、ポワポワポワーンというSEが鳴って、フェードしてカットが変わったらとか、実際には現実との境界はそんなに安易なものではないからです。

スキゾの不安定な一人称はそれそのものが多元的な焦点化であり、時間も夢も現実も入り組んでいます。"あなた"は暗室で鶏頭から質問をもらったのを覚えていますか?"人を痛めつけるのは好きかい?"すなわち、なぜそんな事をするんだい。


謎の電話に操られていたから?
血のサイン(ホーボーコード)に操られるから?
彼女の復讐の為か?
自分の起こした凶行をスクラップしていたのは何故?
スキゾ男が凶行にいたる理由はどこかにあるようにも見えますし、無いようにも見えます。とるに足らぬ理由の列挙はできますが、それはどれも彼がホワイトナイトであるからと言った昔ながらの無意味なそれ程度のものに過ぎません、Reasons are not Answers、理由の列挙は回答の列挙ではないのです。では、また思い出してみてください、暗室で鶏頭が誰と話していたのかを。そしてついでに僕の一つ前の記事を読んでみましょう。

~ブレイクタイム~




鶏頭と対峙していたのは"あなた"(You)に他なりません、スキゾ男は曖昧な境界にたたずむ彼のような私でもあるのです。会話シーケンスを顔面/対象物のクローズアップを挿入する形で表現したのはその為で、あなた自身も倒錯し、マイアミの矛盾に組み込まれているのです。もしかするとあなたは、マイアミでのルーチンワークマスマーダー、地元のレンタルビデオショップやピザ屋に通いつめ、気まぐれに拾って住み始めたパンスケによって日々見違えていく自宅(僕はチャンキンエクスプレス=恋する惑星でのフェイ・ウォンを彼女にいくらか投影しています)など、丁寧に紡がれた生活から彼に感情移入し、一体感を得ていたかもしれません、スキゾ男の体験はあなたの体験にすりかわっていたかもしれません。

しかしそれは錯覚に過ぎません、鶏頭はそんな文字通り現を抜かすあなたの前に最後に現れるのです。これはとてもロマンチックなシーンですね、ビデオゲームというメディアにだけ許された美しい綴りです、映画のような台詞なんて例えがありますが、ビデオゲームのような台詞なんてなかなか言いません、今回の記事の冒頭の画像ですね。

あンたはこの後一人になるけどもまぁ大丈夫さ
鼠頭に撃ち抜かれたスキゾ男の体を横に、最後に残ったのは僕とあいつだけです。キングスクエストの主人公はあなたでしたし、ダルシムとかいう手足が伸びて火を吹く国辱系インド人がスモウレスラーを叩きのめしたら、アナウンサーはあなたの勝ちです!なんて言っていました、あれは果たして本当に僕だったのでしょうか?いいえ、それは倒錯でした。Hotline Miamiは"あなた"と"鶏頭"の対話という側面を持ちます、彼は狂言回し、語り部でありゲームマスターでありますから、質問に答えるのはすなわち"あなた"自身なのです。

鶏頭の質問3はWhere are you right now?
じゃあこの画面のどこにあンたがいるっていうんだい?

1989年のマイアミは矛盾に満ちています。あなたが何者であったかすら、もはや定かでないのです。スキゾ男も、ヘルメット男も成り代わりに過ぎないのでしょうか?そうかも知れません、本作はデビッド・リンチのロストハイウェイに大きな影響を受けています。謎の電話メッセージ、突如他人に入れ替わる人間…ロストハイウェイでミステリーマンが登場したとき、彼はフレッドと以前会った事があると言っていました、1989年のマイアミで鶏頭が登場したとき、あなたの事を知っていると彼は言っていました。ミステリーマンはフレッドの行動をビデオカメラに撮り続けてもいました、Hotline Miamiがビデオテープの映像である事も明らかです。

顕著なのはテープの巻き戻し演出だろうか。


ロストハイウェイでは主人公のフレッドはピートという他人に姿形が成り代わり、その妄想と現実が地続きとなり交錯する映像によって、ある殺人事件が描かれていました。リンチはロストハイウェイの後にマルホランドドライブというこれまた傑作を撮っていますが、これはより複雑に入り組んだ時間軸と、やはり明確に区別されない現実と妄想の映像によってハリウッドではありふれた、ある女の死を倒錯的に描いています。以上のリンチの作品はブリコラージュ文法を活用し、ある単一の出来事の語り手を妄執の人にさせた、ちぐはぐで歯抜けなチャンク(塊)です、腐った燻製のスライスでもいいでしょう、もはやそれが元はどんな味だったのか、どこの部位だったのか、そもそも何の肉だったのかすら定かではないのです、1989年のマイアミも同様にそういう場所であり時代なのです。


ロストハイウェイのミステリーマン
Cactusもお気に入りのシーンだ。

それじゃあ"あなた"は質問になんと答えますか?スキゾ男は無口でしたが、暴力に対して大変真摯な奴でした、たとえば僕は奴がコンロにあった鍋を掴み熱湯をスカムにぶちまけた時、わらの犬の襲撃シーンを思い返しましたし、そこには意味がありました。対してヘルメット男は雄弁な奴でしたが僕は中華包丁に愛も意味も見出せませんでした。

もしかすると"あなた"はそうは思わないかも知れません、Videogamedromeは体験至上主義の独善的極北ブログを自称していますから、こんな予防線みたいな書き方はしたくないのですが、幸いな事に、ここにいるのは"あなた"と"僕"だけです、僕は理由を述べました、あなたの答えを聞かせて下さい。

ugh